借金250万円。
数字だけ見ると、
「何を買った?」
「何に使った?」
「もしかして、とんでもない趣味でも?」
と思われそうである。
安心してください。
特にドラマチックなものはありません。
高級車もない。
ブランド品の山もない。
札束を握ってラスベガスへ行ったこともない。
残ったのは、
借金だけである。
どうしてこうなった。
今回は、その話をしたい。
若い頃は、金がなかった
専門学校を卒業したあと、
僕は漫画家を目指して東京へ出てきた。
働くのは週3日くらい。
残りの時間は絵を描く。
夢を追っている若者としては、
まあ、それっぽい。
問題は、
金がない。
本当にない。
財布を開けても、
夢しか入っていない。
それでも借金はしていなかった。
金がなければ買わない。
外食できなければ家で食べる。
欲しいものがあっても、
「欲しいですね」
で終了。
非常にシンプルな家計だった。
収入が少ないので、使える金も少ない。
これが意外と強い。
貧乏は、人に見せないようにしていた
ただ、
僕は昔からわりと見栄っ張りだった。
実際にはかなりお金がなかったけれど、
「お金がない人」に見られるのが嫌だった。
だから、
「金がないから行けない」
とは、あまり言わなかった。
その代わり、
そもそも予定を入れない。
お金がかかりそうなことには近づかない。
そうやって、
貧乏そのものを人に見せないようにしていた気がする。
財布は空でも、
予定表まで空にしておけば、意外とバレない。
便利ではある。
楽しくはない。
今でも後悔していることがある。
親友の結婚式に行かなかったことだ。
行きたくなかったわけではない。
むしろ、行ってあげたかった。
でも当時の僕には、
交通費やご祝儀を出す余裕がなかった。
それを正直に言うこともできなかった。
結局、行かなかった。
あれは今でも、
お金がなかった頃に失ったもののひとつ
だと思っている。
そのうち、机の前に座れなくなった
20代後半。
相変わらず、お金はなかった。
漫画家を目指して東京に出てきたものの、
思うように結果も出ない。
自分は、
金もない。
夢もうまくいっていない。
そんな感覚が、
少しずつ積み重なっていった。
絵を描きたい気持ちはある。
描かなければ何も始まらないことも分かっている。
でも、
だんだん机の前に行けなくなった。
机の前に座らない。
当然、絵は完成しない。
絵が完成しないから、
さらに、
「自分は何をやっているんだろう」
と思う。
そしてまた、
机から遠ざかる。
机まで数メートルなのに、やたら遠い。
そんな時期だった。
ずっと「漫画を描くため」に作っていた生活も、
少しずつ意味を失っていった。
だったら、
そろそろちゃんと働こう。
そう思って、働く時間を増やした。
収入も、それまでより安定するようになった。
皮肉なことに、
お金がなかった頃より、お金を稼ぐようになってから、僕の借金は始まる。
最初は、スーツを買うためだった
仕事を始めるには、
スーツが必要だった。
しかし、
これまで週3日で生きてきた男に、
突然まとまったスーツ代があるわけがない。
そこで、
初めてお金を借りた。
借りたのは、
5万円とか10万円とか。
そのくらいだったと思う。
仕事に必要なスーツを買うためのお金だった。
そして、
この借金は、
普通に返した。
完済した。
めでたし、めでたし。
ここで物語が終わっていれば、
このサイトは存在していない。
僕の中には、
ひとつ経験が残った。
「お金って、借りてもちゃんと返せるんだな」
という経験である。
これは別に間違ってはいない。
借りたら返せばいい。
実際返した。
ただ、
この成功体験が、
その後の僕にとって少々よろしくなかった。
安定したら、むしろ絵が描けるようになった
仕事を始めて、
収入が少し安定した。
毎月ある程度のお金が入ってくる。
生活も、
以前ほどギリギリではなくなった。
すると、不思議なことに。
また絵が描けるようになった。
それまで僕は、
「絵を描くために働く時間を減らす」
という生活をしていた。
時間を作れば絵が描けると思っていた。
でも実際には、
お金がない。
夢もうまくいっていない気がする。
この先どうなるのかも分からない。
そんな状態では、
時間だけあっても、
机の前に座れなかった。
どうやら僕は、
不安定な環境で時間だけたくさんあるより、
ある程度安定した環境で絵を描く方が向いていたらしい。
ここ数年の鬱々とした気持ちは、
いったい何だったのだろう。
夢のために時間を作っていたつもりが、
夢のために、
自分でわざわざ足枷をつけていた。
皮肉なものである。
仕事をするようになって、
収入が増えた。
生活が少し安定した。
すると、
見える世界も変わった。
「これもやってみたい」
「あれも試してみたい」
と思えるようになった。
絵の具。
画材。
資料。
展示。
制作に必要なもの。
それまで、
「お金がないから無理」
で終わっていたものにも、
少しずつ手が届くようになった。
選択肢が増えると、見える世界も増える。
絵のためにも、
お金を使うようになった。
もちろん、
それ自体が悪かったわけではない。
むしろ、
僕にとってはかなり嬉しい時期だった。
絵も描ける。
仕事もある。
以前よりお金もある。
人生、
ちょっと持ち直したんじゃないか。
そんな感じだった。
ただ。
ひとつだけ問題があった。
増えたのは収入だけではなく、
「お金を使う理由」もだった。
ちゃんと生活できている人でいたかった
仕事もある。
毎月給料も入る。
絵もまた描けるようになった。
以前より行動できることも増えた。
だから僕自身、
「もう昔みたいな貧乏生活ではない」
と思いたかった。
そして、人から見ても、
そう見えていたかった。
ようやく、
「自分の足でちゃんと立てるようになりました」
みたいな顔ができるようになった。
誰に頼まれたわけでもないのに。
借金ができてからも、
「最近ちょっと金なくてさ」
と生活を縮めるようなことは、
あまりしなかった。
人とご飯に行く。
誘われれば出かける。
何か必要なら買う。
絵にもお金を使う。
普通に働いている大人として、普通に暮らしている顔をする。
ただ、
口座の中では、
ぜんぜん普通ではなかった。
昔の僕は、
お金がなければ使わなかった。
借金を覚えた僕は、
お金がなくても、
「お金がない人の生活」に戻らなくて済んでしまった。
ここはかなり大きかったと思う。
そして、また借りた
最初の借金を完済したあと、
しばらくして、
またお金が足りなくなることがあった。
でも僕には、
すでに知識がある。
借りられる。
そして、
返せる。
一度ちゃんと返しているので、
「借金は絶対ダメなもの」
という感覚も薄かった。
少し借りる。
給料が入ったら返す。
それでいい。
最初のうちは、
本当にそんな感じだった。
問題は「返したあと」だった
借りたら返す。
ここまでは正しい。
問題は、
返したあとにも生活が続くことである。
給料が入る。
返済する。
お金が減る。
家賃がある。
食費がある。
生活費がある。
あれ。
今月のお金、少なくない?
となる。
そして、
足りない分をまた借りる。
翌月。
給料が入る。
返済する。
さらに減る。
また足りなくなる。
また借りる。
文字にすると、
驚くほど分かりやすい。
当時の僕は、
この仕組みを何年もかけて理解した。
遅い。
「返済しているから大丈夫」という謎の安心感
借金が増えていても、
僕は返済そのものをやめていたわけではなかった。
毎月、
返さなきゃ。
払わなきゃ。
とは思っていた。
ただ、
いつも余裕を持って払えていたわけでもない。
クレジットカードの支払いができず、
翌月の給料が入った日に、
前月分をまとめて払ったこともある。
今思えば、
この時点で十分、
「大丈夫ではない」
のである。
でも当時は、
払えている。
仕事もしている。
給料も入る。
だから、
まだなんとかなると思っていた。
返す。
お金がなくなる。
また借りる。
また返す。
それを繰り返しているのに、
返済した瞬間だけは、
少しちゃんとしている気分になる。
借金は増えているのに、返済している自分には安心していた。
借りる場所が増えていった
30歳くらいになる頃には、
借入先も増えていた。
一つだったものが、
二つになる。
そしてクレジットカード。
リボ払い。
分割払い。
少しずつ、
未来の自分に請求する仕組み
が増えていった。
これが便利なのである。
今、お金がなくても使える。
未来の僕が払ってくれる。
未来の僕、
大人気。
ただし未来の僕も、
当然ながら同一人物である。
引っ越しにも、お金が必要だった
その後、
当時付き合っていた人と一緒に暮らすことになった。
引っ越しには、
当然お金がかかる。
家。
家具。
生活用品。
その他、
実際に動き始めてから必要になるものも多かった。
このときも、
足りない分を借りた。
20万円台くらい。
引っ越しだけを見れば、
ものすごい浪費をしたわけではない。
ただ、
すでに借金がある状態で、
さらに借金が増えた。
一つひとつには理由がある。
でも、
「今回は仕方ない」を重ねていたら、仕方なくない金額になった。
給料が入っても、すぐに余裕がなくなった
当時の手取りは20万円前後。
給料が入る。
そこから、
返済。
カードの支払い。
家賃。
生活費。
順番に払っていく。
すると、
給料日を迎えたばかりなのに、
もう自由に使えるお金がほとんどない。
それでも、
仕事はする。
人とも会う。
絵も描く。
生活は続いていく。
そして足りなくなると、
また借りる。
給料が増えても、自由に使えるお金が増えた感じはしなくなっていた。
時間はできた。でも、全部を絵には使えなかった
仕事を始めて生活が安定すると、
僕はまた絵を描けるようになった。
画材を試したり、
作品を作ったり。
仕事をしながらでも、
いつか絵で何か形にしたい。できれば少しでも収入につなげたい。
そんな気持ちもあった。
ただ、
「絵が描けるようになった」といっても、
毎日まっすぐ机に向かえる立派な人間になったわけではない。
そこは安心してほしい。
30代半ば。
一緒に暮らしていた人と別れて、
生活が変わった。
自由に使える時間が増えた。
本来なら、
これは制作にはかなり都合がいい。
時間がある。
絵も描ける。
絵で何かしたい気持ちもある。
条件だけ並べれば、
もう描くしかない。
ところが、
なぜか僕は人に会っていた。
ご飯に行く。
飲みに行く。
出かける。
新しい人と知り合う。
予定を入れる。
生活が変わってできた空白を、
人に会うことで埋めていたように思う。
それが寂しさだったのか、
暇だったのか、
単純に誰かと過ごしたかったのか。
当時の自分でも、
たぶんきれいには説明できていなかった。
もちろん、
人に会うこと自体は楽しかった。
ただ、
僕の中にはずっと、
「絵でも何かしたい」
という気持ちが残っている。
だから予定を入れながら、
どこか後ろめたさもあった。
休みが終わる頃になると、
頭の片隅から、
「ところで絵は?」
と聞いてくる自分がいる。
いる。
ずっといる。
正しい。
そして非常に邪魔である。
明日は描こう。
次の休みは描こう。
今日はもう遅い。
そう言いながら、
カレンダーには次の予定が入っていく。
作品より、
予定表の方がコンスタントに完成していた。
そして当然、
人に会えばお金もかかる。
食事。
飲み。
移動。
ちょっとした外出。
一回一回は、
人生を破壊するような金額ではない。
でも回数が増えれば、
ちゃんと家計には効いてくる。
人生は傾かなくても、口座残高はきれいに傾く。
絵を描きたい。
人にも会いたい。
仕事もしている。
お金も使う。
そして借金もある。
振り返ると、
なかなかいろいろ同時開催していた。
それでも「お金がないから」は言わなかった
借金がかなり増えていた頃も、
誰かと会うときに、
「借金があるから今日は無理」
とは言わなかった。
そもそも、
借金があること自体、
人にはほとんど話していなかった。
普通に働いている。
普通に暮らしている。
普通に遊んでいる。
そういう自分でいたかった。
だから、
生活費が足りなくなれば、
外から見える生活を縮めるより、
見えないところで借りる。
そして、
翌月返す。
また足りなくなる。
また借りる。
見栄は無料だと思っていたが、維持費がかかった。
かなり。
250万円を借りた日はない
ここが、
自分でも振り返って一番怖いところだと思う。
僕は、
ある日突然、
250万円を借りたわけではない。
最初の借金なんて、
一度完済している。
その後も、
5万円。
10万円。
生活費。
引っ越し。
カード。
リボ。
足りない分。
その都度、
「今回だけ」
みたいな顔をした小さい借金が増えていった。
そして気がつくと、
みんな集合していた。
250万円です。
呼んでない。
借金があっても、普通に暮らせてしまう
仕事には行く。
給料も入る。
友達にも会う。
恋人もいる。
絵も描く。
別に、
毎日借金のことを考えながら泣いていたわけではない。
外から見れば、
普通の会社員だったと思う。
ただし、
給料が入ると、
過去の自分への支払いが始まる。
すると、
現在の自分のお金が足りない。
だから、
未来の自分から借りる。
過去・現在・未来の僕が、全員お金でもめている。
なかなか壮大である。
貧乏だった頃より、借金が増えた
漫画家を目指していた頃。
金はなかった。
でも、
借金もなかった。
ちゃんと働くようになった。
給料は増えた。
生活も少し安定した。
絵もまた描けるようになった。
できることも増えた。
なのに、
その何年か後。
僕の手元には、
約250万円の借金があった。
人生というのは、
なかなか予定どおりには進まない。
僕の借金は、
何か一度の大失敗でできたものではなかった。
普通の生活を続けるために借りて、
その借金のせいで普通の生活が苦しくなり、
また普通の生活を続けるために借りる。
そんな循環で増えていった。
さすがに250万円になると、
「そのうち返せばいい」
だけでは済まなくなった。
このまま返し続けるのか。
何か別の方法があるのか。
そして僕は、
ようやく本気で、
借金をどうにかする方法
を調べ始めた。
次の話。
→ なぜ僕は、個人再生を選んだのか。